法然 上 人 絵 伝。 一遍聖絵

法然上人とお念仏

伝 法然 上 人 絵 伝 法然 上 人 絵

そのをおもくしてかの報謝を抽んづる輩、・老少、面々に歩みを運んで年々廟堂に詣す。 このほか掛幅画の遺品としては、愛知・妙源寺本、三重・西導寺本などがあり、一般の布教に供されたことがわかる。

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左半分は、筆を持ち御真影を写している定禅法橋(じょうぜんほっきょ う)の姿が描かれています。

法然上人行状絵伝

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なお、『宗俊本』の主要な転写本には金蓮寺本のほか、 長野県 ・金台寺本、 兵庫県 ・真光寺本、 京都府 ・金光寺本、 神奈川県 ・遊行寺本、 広島県 ・常称寺本、 山形県 ・光明寺本などがある。 わがかしこくて信ずるにあらず、信心のかはりあうておはしまさんひとびとは、わがまゐらん浄土へはまゐりたまはじ。 おなじき年、『選択本願念仏集』の内題の字、ならびに〈南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本〉と、〈釈綽空(親鸞)〉と、空(源空)の真筆をもつてこれを書かしめたまひ、おなじき日、空の真影申し預かり、図画したてまつる。

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また律宗の復興運動を反映して、我が国に初めて律宗を伝えた唐僧鑑真和上の伝記絵巻『東征伝絵』5巻が1298(永仁6)年に鎌倉で制作され、忍性によって唐招提寺に施入された。

宗祖法然上人800年大遠忌記念 浄土宗全書(JODOSYU ZENSYO) 検索システム

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ここに定禅掌を合はせ跪きて、夢のうちにおもふやう、さては生身の弥陀如来にこそと、身の毛よだちて恭敬尊重をいたす。

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すなわち、この『法然上人伝法絵』は嵯峨門徒の側に先立って作られたのである。

法然上人伝絵詞(紙本着色)

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・ 序• 『四十八巻伝』とも呼ばれているこの絵巻は、誕生から出家、浄土門興行、法難、入滅など、法然一代の伝記に合わせて、門弟、帰依者の事蹟にまで触れ、特に法然と浄土宗と智恩院の三位一体の関係を明確にしている点に特色がある。 。

また、第12巻最後の段で「一人」の勧めによってこの画図を写した由が書かれている。 他力の信心は、善悪の凡夫ともに仏のかたよりたまはる信心なれば、源空が信心も善信房の信心も、、ただひとつなり。

法然上人絵伝

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そのお坊さんのお顔はあなた そっくりです。 これおそらくは自力の迷心に拘はりて、金剛の真信に昏きがいたすところか。

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『宗俊本』は第1巻から第4巻までが一遍の事蹟に、第5巻から第10巻までが二祖の他阿の事蹟に当てられている。

法然上人絵伝とは

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第四軸・第三図 「熊野霊告」 熊野権現に参詣した平太郎が、社殿でうたた寝している中で霊夢 を感得しているところが描かれています。 善信聖人(親鸞)、あるとき申したまはく、「予、難行道を閣きて易行道にうつり、聖道門を遁れて浄土門に入りしよりこのかた、にあらずよりは、あに出離解脱の良因を蓄へんや。

下巻 上巻 第1幅 最後に格段の主題を示す。 9巻より成るこの絵巻の巻第二、第三、第四、第七、第八、第九の巻頭および巻第二の巻末にはそれぞれ「向福寺琳阿弥陀仏」ないしは「向福寺琳阿」 巻第七のみ の書入れがあり、かつて向福寺の琳阿弥陀仏なる浄土教信者が所持していたことを示しています。